偽島11日目 『ラズの手記 番外編（後編）』

■ Summer Vacation After(of Lapis lazuli) ■

岩場の影で夜空を見上げる。
夜空に輝くは数々の星。

星のそれぞれに意味があり、星の動きから
これから起こるであろう事を予測する技術がある。

それは占星術とも星詠みとも言われる技法。

人々の動きを見るのは楽しい。
人は時に予測もつかない動きをみせる。

それは欲望であり、恐怖であり、衝動である。
もちろん経験不足で陥る未熟さ故の過ちもある。
これらを肌で感じるのは楽しい。

だが、それら人の想いは強すぎる。
星や風や岩の声はとても小さい。
世界と対話するためには、人の想いは強すぎて雑音にしかならない。

だからこうして時折、人の世から自分を切り離す。
一人しか居ない、静かな時間。



否。静かそうに見えるが世界が囁くもう一つの世界。

『――Die Welt wird auf wunderbare Art und Weise gefullt.』
（世界は不思議に満ちている）

透き通るような声。
説明が好きで、おしゃべりで毒舌ないつもの少女とは、まるで別人。
少女を良く知る人物が聞けば、心底驚くだろう。

『All diese Welten werden in Verbindung gebracht.』
（この世の全ては繋がっている）

少女の声は続く。
それは語り部の語りであり、詩人の詩であり、巫女の祈り。
世界と少女を繋ぐ大切な儀式。

『Der Boden hegt ein Leben und leer tragt ein Leben.』
（大地は命を育み、空は命を運ぶ）

少女の身体がわずかに発光を始める。
それは魔術的要素による燐光。
絵本の１ページのような幻想的な光景。


『――Es ist ein Keil zum Boden.
　Es ist eine Kette， um sich zu leeren.
　Vogel werden auf dem Boden genaht.』
（大地に楔を。空に鎖を。鳥達は地面に縫い付けられる）


「っ！！？」

混ざる異音。自らの口から紡ぎ出される滅びの言葉。
「それ」に飲まれる前に、少女は慌てて意識を切り離す。

毛細血管が破裂し額から血が噴出す。
魔術的要素への強制割り込み――フィードバック。

（大丈夫。いつものこと）

感情をコントロールする。

生命の流れは魔力の流れと同じ。
慌てなければこれ以上、血液が流れ出ることは無い。

生命の流出は止まり、傷口はすぐに塞がる。

知らない者から見れば異質な光景だが、
少女にとってはいつものこと。

自分と異なるものと繋がる行為は、
非常に危険な行為。


いや――
世界との繋がりが見えなくなる事はあっても、
ここまで明確に拒絶された経験は殆どない。


この島に入ってから感じていた違和感。
それが今一瞬だけ痛烈に叩きつけられた。

確かにこの島には何かがある。
目に見えない何かが棲んでいる――と言うべきか。

だがしかし、それは少女の力では捉えることが出来ない。


「…答えが見つかればいいけど」

いつもの調子に戻ってぽつりと呟く。

遠くに火の明かりが見える。
海辺近くにかがり火…おそらくは
キャンプファイアでもやっているのだろう。

祭りももう佳境。
長かった休みも今日で終わる。
終りの無い物語の結末は総じて悲惨なものだ。

終われる内に終わって、また次を始めればいい。


猫よりも小さい眠り姫。
兎の耳を持った淋しがりやの天使。
クールでニヒルなつもりの三枚目霊体。

みんないい子だ。
今はまだ物語は始まったばかり。
急ぐことは無い。

この旅の終わりに何かが見つかるかもしれないし、
何も見つからないかもしれない。

今までもそうして生きてきたし、
これからも探求者としての立場は変わらない。

形の無い自分と探求者としての自分。
私の旅の終りにはどんな結末が待っているのだろうか。

――私は　その答えが　知りたい


さあ、まずはいつものラピスラズリに戻ろう。